top of page
_edited_edited.jpg

奈良県王寺町の

​井戸端寺から

伝道掲

示板

「伝道掲示板」

毎月7日頃、お寺の掲示板に掲示致します「一言」を、その味わいと共にご紹介しております。

令和6年 5

 

「要は“気持ち”ですよね!?」その“気持ち”こそが一番怪しいのです

 

お参り先で法談に花が咲き、あれやこれやと話している内に、「住職さん、要は〝気持ち〟ですよね!?」と言われる事がよくあります。私はその度に「あぁまた調子に乗って喋り過ぎたか?」「少し難し過ぎたか?」と自らも反省するのですが、同時にいつも思うのは「その気持ちってどんなん?」です。確かに間違いではないと思うのですが、しかしそれが正解か?と確認されると、とてもではないですが「はいその通りですよ!」とはお応え出来かねるのです。以前、私がこの世界に入って間もない頃に読んだ何かの本に『コロコロ転ぶ我が心根よ、車の車輪の様に転ぶ我が心根よ』と書かれていた事を思い出します。私は当時。実にその通りだと妙に得心し、未だ心に残っています。人間社会、友達や家族や仕事仲間、はたまた政治家さんも「この前言うてた事とちゃうやないか?」等という事は、日常茶飯事です。我々はその都度、その都合によって、気持ちや心がコロコロと変わっていくものなのです。都合よく事が運ばれている時は、「仏さんにお願い事したらアカンのでしょ?私はいつも感謝の気持ちでお参りさせてもろてますねん」と言われている方が、少々都合の悪い事が続くと「どうか○○が上手く行きますように」と供え物が豪華になったり、お参りの際、いつも念珠も持たず座っている方が、後ろで一生懸命一緒に勤めたり、挙げ句の果てには「きっとお爺さんか誰かが怒ってはんねやわ」等と言い出す始末。笑い話の様ですが、これって決して人ごとではありません。私達は都合の良い時は仏様、しかし都合が悪い事が続くと何でもかんでも鬼神や悪霊に変えてしまうものです。そんな私達の〝気持ち〟これ当てに出来ますか?仏様の世界とは、我々の計らいを超えた世界です。〝私〟の都合のもっと向こう側の世界、私達人間の理解を超えた世界の話です。言い換えれば、だからこそ頭が下がるのです。時代によってコロコロと変わる倫理感やヒューマニズム、道徳などでは間に合わない我身の有り様を問うていける唯一無二の世界なのです。「良い事があった時はお念仏お称えしますけど、悪い事が起きた時もお念仏するんですか?」するんです!そういう貴方の〝気持ち〟に、一度お手合わせ、お念仏してみて下さい。 合 掌

 

 

令和6年 4

誰からも愛されない事が「孤独」なのではありません。誰も愛せない事が「孤独」なのです。

 

令和六年「春の法要」正法永代護持経法要 無事勤修

去る三月三十一日(土)。お陰様で、令和六年 安專寺『春の法要』正法永代護持経法要が、無事に勤まりました。当日は、前日までの長雨が嘘のように快晴に恵まれ、温かな春の日差しの中、朝から役員総出で準備を整え、昼も一時を過ぎると沢山の方々がお参り下さり、終日、実に気持ちの良い一日でした。尊前にて観無量寿経を上げ、法名前ではお参りの皆様と御一緒に、声高らかに正信偈を勤め上げました。お話しは、昨年に引き続き、講談師であり浄土真宗(西)の僧でもある旭堂(きょくどう)南雲(なぐも)師をお招きし、今年は講談を二席、芥川龍之介の『鼻』と、親鸞聖人が法然上人の門下に在籍していた際に、三百八十余人の弟子仲間との間で起きた論争『信心諍論(じょうろん)』を読み上げて頂きました。先ず、芥川龍之介の『鼻』ですが、時は平安時代、主人公は、池の尾(現在の京都府)で僧を勤める禅(ぜん)智内(ちない)供(ぐ)という五十歳を超えた一人のお坊さんです。実はこの内供、顎の下まで垂れ下がる長い鼻を持っています。長さは二十センチほどで、あごの下までソーセージのようにぶら下がっています。内供は、内心では鼻の事を気にしていましたが、それを他人に悟られないように、表面では気にしていないフリをしていました。内供は、寺に通う人の中や、書物や経典の中に自分と同じような鼻を持つ人を見つけ安心しようとしましたが、自分より長い鼻を持つ人を見つける事はできませんでした。内供にとって長い鼻はコンプレックスで、内供の自尊心は日に日に傷つけられます。短くする為に出来るだけの事はしてきましたが、特に鼻に変化は現れません。そんな時、弟子の一人がお医者様から鼻を短くする方法を教わってきました。喜んだ内供は、早速試してみます。その方法は、鼻を熱湯で茹でた後に、弟子に踏みつけてもらうというものでした。茹でた鼻を踏みつけてもらうと、鼻からは角栓が次々と出てきます。弟子はそれを全てピンセットで抜き取り、再び鼻を茹でました。そして鏡を見た内供は驚きます。顎の下まで垂れていた鼻は縮み、上唇の更に上迄に縮んでいたのです。内供はとても喜びました。それからは事ある毎に鼻を撫で、短くなった事を確認し満足するのでした。しかし数日後、内供は異変に気づきます。短くなった鼻を見て、笑う人がいるのです。内供は初め、自分の顔が変わったせいだと思いますが、鼻が長かった頃より馬鹿にされている様に感じる様になります。その内、内供は鼻を短くした事を後悔するようになりました。しかし、そんなある日の明け方、内供は鼻の浮腫(むくみ)を感じて目が

覚めます。そして鏡を見ると、鼻が元に戻っています。内供は「もう自分を笑う者はいなくなる」と喜びました。

と云ういわゆる滑稽話なのですが、人の不孝は蜜の味。まして本人がその事を気にしていると解れば解るほど、更にその蜜の甘味は増していくという、人の心理を上手く表わされています。しかし、このお話しで注目したいのは、やはり主人公の禅(ぜん)智内(ちない)供(ぐ)です。人と比べて長い鼻をコンプレックスと捉え、鼻の長い自分を否定し、変身願望に振り回されてしまいます。かといって、ようやくその鼻が短くなって問題が解決するのかと思いきや、今度はそれを気にしていた事や、それを解決して喜んでいる事を笑われている。その事が気になってしまう。鼻の長い自分が嫌い。この鼻さえ短ければ・・・。と、そんな事を言い続けるのであれば、それは怪しげな御利益主義の宗教に頼る人と同じなのです。勿論それで本当に解決するのであれば止めはしません。しかしこの内供は、結局のところ元の自分に返ってきます。本当の救いはそこにしかないからです。あるがままに生きる、生きれるように成る。という事が真宗の教えであり、本当の救いなのです。何かが変わっても、この〝私〟が解決しない限り本当の救いとはなりません。幻想を追いかけるのではなく、幻想を追いかけなくてもよくなる事が我ら真宗の救いであり、追いかけなくなる事が真宗の御利益なのです。自分自身を愛せない者が、一体誰を愛せるというのでしょう。さて、今回は『鼻』の内容紹介が長くなりましたので『信心諍論(じょうろん)』のお話しは、また次号に繰り越します。合掌

 

令和6年 3

 

「出来ることが、減りました。ありがとうは、増えました。」

 

中国の道教の言葉に『人みな有用の用を知りて、無用の用を知るなきなり』(荘子)とあります。自分の、若しくは何かの役に立つ物の働きは分かる。役に立っている人の事はよく分かる。つまり『有用の用』はよく分かるのですが『無用の用』というものがよく分からない。世間では、一生懸命に働いているうちは、家族や社会の役に立ち、実に有用である。しかし年老いて長患いでもしようものなら途端に役に立たない。無用になると言われます。が、果たして本当に役に立ってないのでしょうか?「無用」なのでしょうか?元気に生きるのも人間の取りうる姿。中年期もまた有りうる姿。年老いて自分が分からなくなる、認知症を患うのも、そして死んで逝く姿も人間の取りうる姿です。その事を周りに身を以て見せて下さっている。これは働くという事とは違いますが、非常に重要な事を周囲に教えて下さっているのではないでしょうか。重要だからこそ、関わる者は大変ですし、見せる方も辛い。決して互いに楽しい事とは言えないでしょう。しかし、それ故に我々は生きるという事に対して〝謙虚〟になれるのです。世の中、謙虚なふりをしている方は数多いらっしゃいますが、謙虚など自分の知識や意識や努力等でなれるものでは決してないのです。頭を下げる事は出来ても、頭が下がる事は中々ありません。我々は〝有用の私〟にしか目がいかないからです。お金を稼ぐ事、人様の世話をさせて頂く事も大事だけれど、人間という生き物の取りうる姿を、身を以て教えるという事は、もう一段階深いことなのです。生きている事、元気でいる事、食べる事、笑う事が只事ではないと分かるには、そういう〝縁〟を通さないと中々出会えません。当てにしていた〝有用の私〟が崩れた時、初めて、今まで見えていなかった『無用』を照らす仏教の世界が開かれていくのです。合掌

令和6年 2

 

「いのち、みな生きらるべし」― 信国 淳 ―

 

「ワシこれ以上生きてて何かええ事あるんか?」と言うお爺ちゃん、「何で生きなアカンの?何で死んだらアカンの?」と問うてくる女子中学生、耳が遠くなって留守番も出来へん、もう何の役に立たへんわ」と嘆くお婆ちゃん、「生きる意味を失った」と泣く難病を患った青年。そんな方達を目の当たりにしたり、お話しを聞く中で、確かに「もう生きてはいけない」という所に共感する事も度々ございます。しかし、私達は、生きる為に何かの役に立たないといけないのでしょうか?生きる事に意味が必要なのでしょうか?真宗では、私達は苦しむという形で真実を求めていると説かれます。苦は、ただ無くすもの、避けるもの、処理するものでしかない私達ですが、その全てが無意味だと決め付けている訳ではなく、その受け止め方が解らないところに苦悩が生まれてくるのです。どう生きれば本当に自分が自分として生きる事になるのかと自身の心の奥底で求めているからこそ苦しみ、苦悩するのだと、その苦にも意味があるのだと、お念仏の教えは説かれるのです。私たち念仏者にとって、決して「苦=不孝」ではありません。

幼少の頃より、自身の人生に苦しみ抜き、しかしその苦悩からの問いかけに、絶えず仏法を通して応えつつ、藻掻きながらも人生を全うされた方を『親鸞』といいます。親鸞に出逢い、貴方の様に生きたいと願った先人達が無数にいらっしゃる、そしてその大きなお念仏の流れの中に、今また、ここに一つの命が在る。ここに〝生きる〟という焦点を合わせる事によって、命は輝くのではないでしょうか?

最後に、能登地震による被災地での生活は、私達の想像を絶する苦悩の数々かと思いますが、どうかお一人お一人の今日一日が、輝きある一日でありますよう、心底より念じます。合掌

 

令和6年 1

 

「自らを灯火とし、法を灯火とせよ」― 釈迦牟尼仏陀 ―

 

お釈迦様が涅槃(ねはん)に入られる時、即ちお亡くなりになる際、沢山のお弟子達に囲まれる中で、お弟子の一人が「師の亡き後、我々は何を頼りに生きていけば良いのか?」と問いました。釈尊は『自灯明(じとうみょう) 法(ほう)灯明(とうみょう)』とお応えになりました。つまり「自らを灯火(ともしび)とし、他を頼るな、仏の説かれた法を灯火(ともしび)とし、他を拠り所とするな」と言われたのですが、この〝自らを灯火(ともしび)、法を灯火(ともしび)とする〟とはどういう事なのでしょうか?お釈迦様は『天上(てんじょう)天下(てんが)唯我独尊(ゆいがどくそん)』とも説かれています、これは私達一人一人が代わりのきかない掛け替えのない存在だという事なのですが、さて、私達はその尊い〝私〟を生きている! と胸を張って言えるでしょうか?与えられた環境・条件の下で、自らの責任に於いて判断し、考え、自らの責任に於いて行動していく。実に当たり前の事ですが、現代では様々な面でそれが難しいようです。「○○が言ったから」「皆がしたから□□した」「△△が何もしてくれない」等と、事あるごとに何かの所為にしたり、周りに流されて生きてはいないでしょうか? 清澤満之(きよさわまんし)師は『自己とは何ぞや!これ人生の根本問題なり』と自己の確立を最優先に生きられました。つまり本当の意味での〝自立〟です。勿論、他人は関係ない等という事ではありません。私達は社会の中で他者との関係を保ちながら、相互依存の中で『私』を生きるのですが、とは言え端(はな)から人を当てにしている者には誰も本気で力を貸そうとはしません。無量寿経には、独生(どくしょう)、独死(どくし)、独去(どっきょ)、独来(どくらい)と示され、命ある者は独り生まれて、独り死に、独り去りて、独り又来る。という命の事実、即ち命の『法』が説かれています。詰まるところ、私達は唯一無二のこの命を自らの灯火として娑婆の大地に立ち、命の事実『法』の上に生きなさいという事なのです。そしてこれがお釈迦様の御遺言となるのです。合掌

 

令和5年 12

 

『信』とは、私を支える良き友である

 

真宗の先覚者、曽我量深師は「日本の仏教の歴史は、仏教の誤解の歴史であった」という御言葉を遺されました。日本に仏教が伝わったとされる五三八年、以来凡そ一四八五年、その歴史が誤解の歴史であったと言われるのです。確かに、現代においても世間でいう仏教といえば、亡き人に対し、ひたすら読経し追善を祈る追善供養や、願掛けやお祓い、お清めといった、加持祈祷を行う為にあると考えられています。そしてそれなりにでも叶えば御利益と喜び、叶わなければ切り捨てる。これでは単に自我(エゴイズム)を満たす為の〝当て物〟です。仏教、仏法は〝自我を満たす為のもの〟では決してありません。寧ろその自我に光の焦点があてられ、根源的な、いわゆる「目覚め」を促す為、自我の奢(おご)りと危うさに、目覚めを与える為にあるのです。では私にとっての仏法はどうなのか?本来その一点が問われてきて然るべきです。そういう意味では「信心」という事に対しても随分と誤解があるようで、信心をすれば願いが叶ったり道が開けるといった受け取り方をされている方が多いようですが、本来「信」とは、何かを実現する為の手段や方法ではありません。「信」の言語を直訳すると「澄清(ちょうじょう)」となり、「信心」とは澄み通った清らかな心という意味になります。如何でしょう? 皆様はご自身の努力、智慧才覚で澄清な心と成り、保つ事が叶いますでしょうか? それ以前に澄清な心を理解出来ますでしょうか? 私達にとっての理解など、何処までいっても自我の中の理解であり、澄清な心などとはほど遠いものです。そこをもって宗祖親鸞聖人は、澄み通った清らかな心を、如来から賜るところに真の『救い』が成立すると説かれたのです。さて、初詣に行かれる皆様は如何なる願掛けをされるのか?是非語り合いたいものです。何はともあれ本年も大変お世話になりました。また来年も法儀ご相続の程、宜しくお願い申し上げます。合掌

 

令和5年 11

 

「自分の心が一番始末に困る。承知せぬのは自分の心である。」― 曽我量深 ―

 

「幸も不幸も要は思いようだ」という人がいますが、確かにそうできれば苦労はありません。しかしそう簡単にいかないから苦労されている訳です。腹が立つのを我慢できる人はいますが腹が立たない人はいません。不安を解消できたとしてもそれは一時的なもので、また次の不安材料が世間には山積みです。「年を取って体が言う事を聞かない」と言われますが、言う事を聞かないのは体ではなく、私達の〝思い〟の方です。体はキチンと老いているだけで、私の思いが昔の私を引きずったままでいるだけです。自分の思いや感覚や知識に執着し、我が心に手を焼いているのが人間です〝我が意に添う空間〟を求め執着する限り、そこに真の安住の地はありません。実に厄介なのは我が心なのです。親鸞聖人は、そんな不安定な人間の有様を

見つめられ「さるべき業(ごう)縁(えん)のもよおせば、如何なる振る舞いもすべし」と、私達人間は、何を思い(意業(いごう))、何を口走り(口業(くごう))、何を行うか(身業(しんごう))、縁によっては何を言い出し、何をしでかすか分らない。そういう者なのだと押さえられます。俄(にわか)知識で自分を正当化し、他人を責める者もいれば、孤独の世界に閉じ込もる者もいる。現実逃避や変身願望に促され自分を誤魔化し、有りの儘の現実から目を逸らす者がいる。又そういう者を生み出す社会が問題だという者がいる。そういう者達が、互いに業縁の中に存在しているに過ぎない我身なのだと

目覚めた時、他者を責める事の無い、責める必要の無い世界が開けてくるのです。そこに初めて如来と「出逢う」という事が成されていくのです。合掌

 

令和5年 10

 

「我が我がの「我」を捨てて、お陰お陰の「下」で暮らす」

 

お陰様で、本年も無事に今年度の報恩講を執行する事が出来ました。これも偏に、檀家・護持会々員様方の御懇念の賜物かと、住職はじめ役員一同、心中より深く感謝を申し上げます。

さて、本年も大阪市玉出の壽光寺(じゅこうじ)住職 蕚(はなぶさ)慶(けい)典(てん)師をお招きし、御法話を頂戴致しました。御讃(ごさん)題(だい)は、『南無阿弥陀仏をとなふれば、十方無量の諸仏は、百重千重囲繞(いにょう)して、よろこびまもりたまふなり』浄土和讃の現世利益讃の中から一首頂き、「念仏を称える行者の周りを、ありとあらゆる仏様方が、百重千重にも取り囲み、その念仏と、念仏を称える行者の徳を喜ばれ、念仏の教えを御護り下さる」とお話し頂きました。そのお話しの中に「自利」と「利他」のお話しがありました。「自利」とは、自分自身の利で、「利他」とはその利を他に施すという意味です。住友商事グループの経営理念にも「自利(じり)利他(りた)公(こう)私(し)一如(いちにょ)」と上げられていますが、浄土真宗でいう自利と利他とは、法蔵菩薩が成仏し、阿弥陀仏になった。これが法蔵菩薩の利、即ち法蔵にとっての「自利」であり、その利を、今度は我々に回向される事が阿弥陀如来となった法蔵菩薩の「利他」の行なのです。そして今度は、その如来からの「利」を受け取り成仏していく事が、我々にとっての「自利」であり、その喜びを有縁の皆と分かち合うていく事が、我々にとって「利他」の行になる訳です。施す方も、また施される方も、共に喜び一つになる。このような世界こそが本当の意味の浄土(浄(きよ)らかな土(ところ))なのです。ですが、言うは易し行うは難しで、私達の「利」にはどうしても〝自我〟が絡みます。「我が利」我利(ガリ)我利(ガリ)亡者(モウジャ)の顔が出てきて、なかなか如来の利を喜ぶ事が叶いません。ですが、だからこそ、そんな私達だからこそ、そんな私達から出たお念仏だからこそ、十方の諸仏方はお喜びになるのです。    合掌

 

令和5年 9

 

「肝心な事は目に見えないんだよ」― サン・テグジュペリ ―

ある御家族の話ですが、保育園に通う娘さんに本を読んでとせがまれたそうで、その本は、母親の留守中に妹の子守りを頼まれたお姉ちゃんが、ちょっと目を離した隙に妹がいなくなってしまい、ドキドキしながらいつも行く公園に探しに行くという、子供の心の動きが書かれた物語でした。しかしそれを読んだ父親は「子供を置いて出掛けて、何かあったらどうする気なのだろう。恐い話だな・・・」と思われたそうです。

物語のクライマックスでは、お姉ちゃんが一生懸命に妹を探していると、大通りの方から自転車の大きなブレーキ音が聞こえ「妹だったらどうしよう!」と、妹の名前を呼びながら駆け出し、幸いにも無事に妹を見つけ出し、互いに抱きしめあって物語は終わります。姉の妹を思う気持ちや、姉妹の不安や再会した時の喜びがストレートに表現され〝子供達〟には人気の本なのだそうです。しかし〝大人達〟はというと・・・

どうしても責任やリスク等を考える心が先走り、作者が本当に伝えたい事を汲み取る力が鈍ってしまいます。これも一種の「煩悩」なのでしょう。親鸞聖人が残された和讃に、『煩悩に眼(まなこ)さへられて、摂取の光明見ざれども、大悲ものうき事なくて、常にわが身をてらすなり』とあります。「煩悩という色眼鏡をかけて物事を見ている私は、弥陀の救いの働きに気付く事が出来ないが、私を救おうとして下さる大きな慈悲心は怠る事なくこの私に向けられているのだ」という意味です。フランスの作家、サン・テグジュペリさんの代表作に「星の王子さま」という小説がありますが、昼には見えない星も、夜になれば輝きます。星は常に同じ場所に有って、夜の闇を〝縁〟として私達にその姿を知らせてくれます。「肝心な事は目に見えない」その肝心なものを輝かせ見させて下さる御縁こそが、私達の頂く「仏縁」なのです。合掌

 

令和5年 8

 

「信心が定まる時、往生も定まる」

 

平安時代の貴族達は、生前に多くの功徳を積む事で、より極楽往生が近づくと考え、こぞって仏像や寺院に財を注ぎ込みました。藤原の頼通(よりみち)が造営した宇治の平等院鳳凰堂などは、その最たるものです。しかし、親鸞聖人はこうした信仰をキッパリと否定し、往生が決まるのは臨終の時でも来迎の時でもなく、阿弥陀仏の本願に全てを委ねようと〝信心〟が定まった時だとハッキリと言い切られました。親鸞聖人晩年のお手紙には「弥陀に全てをお任せすると決めた時、この世を生きながら、心はすでに浄土にある」と書かれています。つまり、現世での救いを諦めて、死んでから極楽往生をする事が救いなのではなく、いま生きているここで、確かな教えに出逢い、苦悩が苦悩でなくなり、生きる喜びを得る事が本当の〝救い〟であると説かれたのです。親鸞聖人にとっては、心は既に浄土にある訳ですから、臨終の形や迎えられ方などはどうでもいい事で、ことさらに自身の死を特別視する事もなく「自分が死んだら賀茂川に投げて魚にあげてくれ」と言い残されたと伝えられています。勿論実際は、残された者達で荼毘に付し、大谷の墳墓に埋葬されたのですが、聖人がここで説かれる「信心」とは、阿弥陀仏の〝本願〟に出逢い、その大きな力によって往生出来る!それを心から信じ、心から喜びとするその一事なのです。令和のこの時代、「一応、仏教徒とは言いながら、実の処は〝無宗教〟なのが今の殆どの日本人」等と言われます様に、際限なく垂れ流される情報に埋もれ、多種多様な価値観を押し付け合い、常に変化への対応を求められる世の中で、現代人にとっては「信心」という言葉そのものが実感として捉えにくいかも知れません。しかしそれくらい不安定な社会だからこそ、命尽きるまで〝自分〟を支える「信心」という杖が必要なのです。合掌

 

令和5年 7

 

「信心とは、『まこと の こころ』 と申すなり」

 

仏様に救われていく。という事に関して、心身を正し、良い人になるという事は全く必要ありません。それは、我々には何が正しく、何が良い事なのか、本当の事は解らないからです。必要な事は只一つ。「信心」です。ですが我々は、阿弥陀如来はどの様な者でもお救い下さると〝知って〟はいても、心の奥底では、本当に救われるには〝それなりの心構えや態度〟が必要で〝それなりの功徳を積む〟生き方をしなければ! と考えてしまうものです。それは、私達が倫理・道徳というものに雁字搦(がんじがら)めにされているからです。勿論、社会生活を営む為には倫理・道徳は必要です。しかしその一方で、その倫理・道徳による「正義」の名の下に、沢山の人々の尊厳が踏みにじられたり、たとえ罪人といえども人命までも裁かれてしまいます。そしてその様な世界を生きる私達に対し、本願寺八代 蓮如上人は、自筆の御文(手紙)の中で、阿弥陀如来の救いとは、我々の倫理・道徳の延長上にあるものではない! とハッキリとお示しになられています。先に「信心」が肝要であると申しましたが、真宗の「信心」とは、教えを一生懸命に学び、理解して、信じられる様になろうと、頑張るものではありません。信心は〝する〟ものではないのです。日々の聞法生活の中で〝受け取って〟いくものなのです。〝私が〟した信心は〝私の〟都合で変わりますし、あれもこれもと、一応、取り敢えず、の信心が増えたり減ったり致します。信心とは「信(まこと)の心」と読みます。信(まこと)があれやこれやと二心あるはずもございません。要は、その様なものは信心とは言えないという事です。本来、如来の救いとは、我々の倫理感が破られ、自我から解放されていくところにありますが、中々それは叶いません。叶わぬ者こそ救うてみせよう。という弥陀の御誓願こそが、私は唯一無二の「信(まこと)の心」と頂きます。 合掌

 

令和5年 6

 

「自分の思い通りに人を救う事など出来るものではない」『歎異抄』第四章より

 

「人間が考えて、人間のする事で、真に人間が救われる事はない」とお釈迦様は言葉を残されました。浄土真宗の御聖教の中に『歎異抄(たんにしょう)』という本がありますが、その中にも「思うが如く助けとぐる事、極めて有難し(本来では有り得ない、極めて難しい事)」と示されています。我々人間の慈悲心というものは、憐れみや悲しみ、愛しみや慈しむ心です。それ自体はとても尊い大切な事です。しかしそれだけでは本当に人を救う、真の解決には及びません。選挙カーで「女性の味方○○です」と大声で連呼されていた候補者がいらっしゃいました。ジェンダー平等をアピールされていたのでしょうか?平等を訴えられるのであれば片方だけの味方では困ります。ACジャパンのCMで「最後の一粒までちゃんと食べるのよ」「そうではありません、最初の一粒もない子が、世界にはたくさんいるのです」と放送されています。言いたい事は解りますが、残さずに頂く事も大切な事なのです。自身の育った環境や、見たり聞いたりした一部、一時期の情報を、社会全体の絶対的な正義とし、偏った考え方に同調を求め、挙げ句には強要し、そぐわない者は、異端児として、社会不適合者として、排除や差別までしてしまう世の中の異常さこそが、我々人間の罪悪であり、凡夫と称される由縁なのです。クロールや平泳ぎに少々自信があるからといって、それだけで溺れている人の元へ助けに行くと大概は共に溺れてしまいます。人を助けようとする事は、同じ人間としてとても大切な事です。しかし、本当に溺れている人を助けたいのであれば、自分は絶対にこれで大丈夫、安心だ!という、しっかりした浮き輪や救命胴衣を手に入れる事が先ずは肝要なのではないでしょうか?本当の救いに出遇えた、心の底から安心を頂いたという人は、存在自体が救いとなるのです。それが親鸞という人なのです。合掌

 

令和5年 5

 

「愚痴の根っこには、本当の願いがある」

 

お参りに伺いますと、特に高齢の方から「いよいよ何にも出来なくなってきた、早くお迎えが来て欲しい」とよく聞きます。字面だけを見れば「早く死んで楽になりたい」と単なる愚痴で終わってしまいますが、この言葉の奥底には毎回大きな願いの様なものを感じます。確かに人間という動物としての機能は年齢と共に低下していくのかも知れません。家族や社会の御役には立てないのかも知れません。しかし、それでも私に宿るこの〝命〟は、やはり居場所を求め続けるのです。私はまだまだ生きている! 私の生きる場所は何処なんだ!と。▼現代社会では福祉の充実も急速に進んでおりますが、面倒を見てもらう場所ではなく、〝生きる〟場所を求める心の声、という様に感じるのです。お年寄りだけではありません、老若男女を問わず誰も好き好んで死にたい人などはいないでしょう。しかし残念ながら、縁によっては「死」しか選択できない状態に陥る人も世の中には多々いらっしゃいます。しかし「今の会社は合わへんわ」という人の言葉の裏には、やはり「合いたい」という願いがあるのです。「あの人は理解できへん」の裏側には、「解り会いたい」という願いがあるのです。しかし一人一人の自我がそれを許してはくれません。本当に解り合えない寂しさや悲しさが、互いに溢れる愚痴となって出てくるのです。▼過日、お参り先の高齢のご婦人が愚痴をこぼされました。どうしようもない問題に「やはり最後は御念仏しかないんやろうね」とお応えしますと、心の底から「そうやねん・・・」と。自らが場を問うた時、此処ではない本当の私の居場所が何処なのか?それすら解らない。自分ではもう解らないのでどうぞ迎えにきて下さい。という求道の声に聞こえるのです。その心が求めている居場所を、仏教では「浄土」というのです。合掌

 

令和5年 4

 

「根を養えば、樹は自ずから育つ」― 東井義雄 ―

 

先日の「春の法要」では、昨年に引き続き、講談師であり真宗僧侶でもある旭堂南雲さんに御登壇いただき、信心深いAのお医者様と、信心事を否定的に見るBのお医者様の講談を通し、真の信心とは如何なるものか?というお話しを頂きました。ところで、皆様は「遺体」という言葉の意味は御存知でしょうか?遺体の「遺」は遺跡や遺産の遺、つまりは「残す」や「残した」という意味を持ちます。そう読むと、遺体とは「残された体」となります。では一体誰が残していったのでしょう?大概の方は本人、つまり故人が残して逝ったと解釈されます。しかし厳密に言えば、その体をこの世に残されたのは故人の母親ではないでしょうか?母親が十月十日の間、腹の中で形を作り産み出し、この娑婆に残されたのです。だからお母さんには感謝しましょうね。という話ではありませんが、少なくとも我々は、そうして頂いた「体」を〝我が物〟とし、手前勝手に注文を付け酷使し、終いにはガタが来たと愚痴を零します。講談に出てきたBのお医者様も、自身の努力や才覚でどうにか物事が進んでいる時は、仏様の教えにも随分と否定的でありましたが、思いもよらない実の娘との死別に、もう自分の力では前にも進めず後ろにも下がれず、唯々呆然と立ち尽くすしかなかったのでしょう。その時初めて、自身のその両の足を支えるもの、この命を支えるものとは何なのか?と、生きる事に対する根本的な「問い」が生まれたのです。つまり生きる事自体の方向性の変化です。我々は樹に咲く花びらには興味津々です。美しい花を咲かせよう、よし咲いた。さあ今度は如何にその花を散らさないようにするかに苦心します。しかし、その花を咲かせるには枝や、その枝を支える幹が必要です。そして何より大事なのは、我々の目には見えませんが、その樹自体を支え、養う「根」の存在こそが大切なのです。合掌

 

令和5年 3

 

「老いたこの手は、何を捨て、何を掴んだのか。何も捨ててはいません、何も掴んでいません。

 ただ、手を合せる事を忘れていただけです。―産経新聞 朝の詩より―

 

皆様は、ご自身の人生の中で何かを掴んだ、手にしたという実感はありますか?また、その為に大切な物を犠牲にしてしまったとか、若い頃はあんなに○○だったのに、私もすっかり変わってしまったな・・・ とか。事の大小はあれど、人生を振り返って見ますと、誰しも思い当たる節があると思います。中には、封印しておきたい様な、思い出したくもない事もあるでしょう。仏教では諸法(しょほう)無我(むが)、諸行(しょぎょう)無常(むじょう)、涅槃(ねはん)寂静(じゃくじょう)の三つを「三宝印(さんぽういん)(一切皆苦を足すと四法印」とし、仏教の旗印として、他宗教から仏教を明確に分け、仏教が真理である証としています(一法印等もあり)。諸法無我とは、全ての物事(諸法)は、互いに影響し合い成り立ち、何一つ単体で存在する物は無いという事です。私達のこの身体も、肉や血の他にも、何兆もの微生物や細菌から成り立っており、その存在は祖先や親から授かり、沢山の他の命を食し成長し、教育を受け、様々な人との出会いの中で今の自分の考え方等、全ての存在があるのです。つまり、私達の存在も含め、この世のあらゆる物は全て「因縁・縁起」によって存在していると仏教は説くのです。この世に生を受け(原因)、様々な条件(縁)の中で物事が起こっている。しかもそれは常に移り変わっていく、諸行無常なのだと説かれます。私達は誰しも生まれた時は手ぶらです。そしてまた、手ぶらで元の世界に還って逝くのです。何を掴んだ、何を捨てた等は我執から生まれる一時の夢・幻のような物なのでしょう。仏教の説く、この二つの真理に目覚めた時、始めて心から手を合せ、涅槃寂静の世界に落ち着き、本当の宝を得るのです。合掌

令和5年 2

 

「武器を捨て、念珠を持とう」

 

「武器を捨て、念珠を持とう」京都市内のお寺の掲示板に上げられていた一言で、そのお寺の十一歳の息子さんが書かれたそうです。ロシアがウクライナに侵攻を始めてもう一年になりますが、戦場では、「我こそは正義である」という大義名分を振りかざし、殺しても良い命と、殺さなくても良い命とを人間同士が作り上げ、「命の選別」を行う。つくづく人間の抱える深い闇、そして最も醜(みにく)くい部分を見せつけられます。仏教には「身・口・意」の三業とありまして、身を使って実際に行う業、実際に行いはしないけれども言葉として口に出してしまう業、そして、実際に行いもしないし、口にも出さないけれども、意(心)の中に思ってしまう業の事です。私達は知識として善悪を知り、理性や損得勘定で、ある程度は自我を抑え、その善悪を守ろうとしますが、「業」とは、その様なものを超えた部分、生き物の本能とでも申しましょうか、一つの動物「人間」として根底に抱える部分の事です。人間の知恵で理想を作り、声高らかに正義を称えますが、人間がこの世に現われてこのかた、この地球上から戦争が無くなったためしはありません。「如何なる命とも共に生きたい」確かにそうなれば素晴らしい。しかしそれが出来ない現実が目の前にある。親鸞聖人は御自身を罪悪深重の凡夫、煩悩熾盛の身であると述懐され、本願、お念仏の道に帰依なされました。銃や言葉等の武器を振りかざし、思いのままに作り上げた理想を追うよりも、先ずは念珠を持ち、心静かに身の事実に向き合って欲しいと、小さな子供がこの私に訴えています。 合掌

 

令和5年 1

 

「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし」ー 親鸞聖人 ー

 

「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし。師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし。」八十一才の親鸞聖人が〝願に生きる決意〟を述べられた和讃、皆さんよく御存知の「恩徳讃(おんどくさん)」です。我々真宗門徒は御法要の最後には、皆で大きな声で恩徳讃を唱和します。全国至る所で見受けられる真宗の風景であり、大きな財産ともいえるでしょう。しかしこの和讃は、単に最後の締めの和讃という訳ではありません。元になったのは法(ほう)然(ねん)上人の六七日(むなのか)の中陰法要で、親鸞聖人の兄弟子である聖(せい)覚(かく)和尚(かしょう)が読み上げられた表白文によると言われています。それは『師主の教えを思うに、弥陀の悲願に等しとなり、大師聖人の御(おん)おしえの恩、重く深き事を思い知るべしとなり。(中略)大師聖人の御おしえの恩徳の重き事を知りて、骨を粉にしても報ずべしとなり。身を砕きても恩徳を報(むく)うべしとなり。よくよくこの和尚の、この教えをご覧じ知るべしと。」というものでした。辞書でこの「粉骨砕身」を調べますと、甚(はなは)だしく骨折り働く事の喩えとありました。確かに長時間のお勤めは疲れますが、大きな声で唱和し、晴れ晴れとした気持ちになるのは、やれやれ終わった、お疲れ様!という事ではないのです。腰を下ろす為ではなく、寧ろ起ち上がる為なのです。我々が普段、どっかと座り込んでいる日頃の心の御座から起ち上がり、如来の本願、浄土の真を、自ら一人一人が証していくのだと言う〝決意〟が、如来大悲の恩徳に報いる事であり〝願に生きる〟歩みの始まりなのです。年頭につき、真宗の要の和讃「恩徳讃」について少しお話しをさせて頂きました。合掌

 

令和4年 12

 

「人間とは、欲に手足の付いたる物ぞかし」― 井原西鶴 ―

 

毎年、大晦日から御正月にかけて、大勢の方が初詣にお出かけになりますが、お参りの目的は開運招福、家内安全、心願成就、交通安全、縁結び、商売繁盛、合格・勝運祈願、学業成就と大方この辺りでしょうか?「今年も良い年でありますように、どうぞ神様仏様、何卒宜しくお願いします」と〝願い事〟のお参りをされる方が大半だと思います。この様に、人間の願い(欲)から始まる信仰を真宗では「罪(ざい)福(ふく)信(しん)」と教えられています。「罪」とは自分にとって嫌な事、都合の悪い事を出来るだけ避け、転嫁し、躱(かわ)していこうという意識の事です。また「福」とは言うまでもなく、自分の都合の良い事や思いが叶う事を願い求める心の事です。罪とありますが、特にこれが悪いという訳ではなく、私達人間がごく普通に持っている生活意識です。しかし私達の日頃の生活意識=「罪福信」こそが、思い通りにならない人生に失望させたり、自暴自棄に陥る大きな要因でもあるのです。昨今、新興宗教の強引な勧誘が問題になっていますが、この様な問題は今に始まった事ではありません。勧誘者はこの「罪福信」を上手く利用し、人心の隙を突いてくるものです。弥陀の救いとは、この「罪福信」から解放されていくところにあります。罪福を信じ、願い、求め続ける生き方から、罪福に欺(あざむ)かれず、求めずに済む生き方。その様な生き方を、弥陀は私達に〝本願(本当の願い)〟として掛けられているのです。真宗の初詣は、私達が願い事をするのではなく、弥陀が私達に掛けられている〝願い事〟を、又本年も聞かせて頂こう。それが真宗の初詣「修正会」なのです。合掌

 

令和4年 11

 

「謙遜はすれども、指摘は受けない。これを「卑下慢(ひげまん)」と言います」

 

近年薄れつつありますが、昔から日本人は自己を卑下して表現する事を美徳とする傾向がありますね。ぼちぼちとお歳暮の時期ですが、今でも習慣的に「つまらない物ですが」と常套句(じょうとうく)を添えて贈り物をします。しかし、もし「本当につまらない物ですね」と先方様に言われたとしたら如何でしょう?恐らく、余程の因縁関係が無い限りお付き合いは途絶えるのではないでしょうか?お寺の法要でも人気の席は端か後です。真ん中や前列は大体空いています。後から来た方に「どうぞ前に」と声をかけても「いえいえそんな」と遠慮されるものです。そこでまた「そうですね貴方には端っこが丁度良いですね」と言うと、文面上はこれで良いはずなのですが、中々そうはいきません。この卑下慢というのは我々坊主も陥(おちい)りやすいもので、ちょっと気に入った論書等を読んだだけで解ったつもりになり、先達の尊い発見を我が物とし、自慢気に人に話して自分の手柄にでもしようかと「慢心(まんしん)」が敬いの心を消し去ってしまいます。そして今一つ自信のない話は「~先生が言っていた」等と防御線を引いて自分を守ろうとします。現代人がよく言う「~かも」もその類いでしょう。昨今は少しでも隙を見せると、SNS等を駆使し、鬼の首でも取ったかの様に指摘されます。その為か自分の正直な気持ちや考えすら言い切る事が難しくなりました。過慢(かまん)、慢過慢(まんかまん)、我慢(がまん)、増上慢(ぞうじょうまん)、卑慢(ひまん)、邪慢(じゃまん)、傲慢(ごうまん)等と、慢にも様々ありますが、要は他人と比べる人の心の事を言うのです。そして今日も、上手に「慢」を隠したつもりの私がここにいます。合掌

 

令和4年 10

 

「人間が考えて、人間が行う事で、人間の真の救いはない」―釈迦牟尼仏陀―

 

この度の報恩講、御法話の讃(さん)題(だい)は、親鸞聖人が残された数々の和讃(わさん)(和語(日本語)によって諸仏高僧を讃えた詩)の中から悲嘆(ひたん)述懐(じゅっかい)の讃「無慚無愧(むざんむぎ)のこの身にて、誠の心は無けれども弥陀の回向(えこう)の御名(みな)なれば、功徳は十方に満ちたまう」の一首を頂きました。無慚無愧(むざんむぎ)とは他者の徳や功績を敬う事も無く、自らを恥じ反省する事も無いという意味です。権力の監視等と言って、何でもかんでも問題視し、ともすると言っている本人そのものが権力者に変貌し、多様性という言葉を都合良く解釈し、持論の押し付けに躍起になる。それで世の中が良くなるかというと、戦争や金銭問題も含め、中々解決には及びません。この世に生きる凡(およ)そ全ての人々が、不確かながらも自分の「正義」を生きています。しかしその正義とやらを作り上げているのは「自我」です。即(すなわ)ち欲や煩悩による「思い」です。ですからその正義は立場や環境、時や都合でコロコロと変わります。私達人間は、各々一生懸命に走ってはいるのですが、所詮は自身の都合を整えようとしているだけです。釈尊は「人間が考えて、人間が行う事に、人間の真の救いはない」と言われますが、問題は、私達の誠の心とは何か?本当に求めているのは何なのかです。親鸞聖人は、自分ではそれすら解らないのだと悲嘆されました。自分の誠の願いも解らない、こんな私だけれども、御念仏の功徳だけはしっかりと私の所にまで届いています。との述懐の讃でございました。合掌

令和4年 9

 

「人生一生、酒一升、あるかと思えば、もう空か」

 

念仏者である木村無相という方が「ご縁 ご縁 みなご縁、こまった事もみなご縁」と仰っています。我々の「命」は生きよ生きよと働きます。命は「思い」で行き詰まる様な事はありません。私達が行き詰まるのは自分の思いに縛られ、自分の思いに行き詰まるのです。何故こうなってしまったのかと考える訳です。しかし、何故こうなったのかというと、それは様々な働き「ご縁」によって「今」という現実を迎えている訳です。自分自身で把握出来ている働きも多少はあるでしょうが、それはほんの一部でしかありません。自分が今ある状況、その九割は私には把握出来ない働き「ご縁」のお陰なのです。それを木村無相さんは「ご因縁様」と頂かれました。全ての因縁が自分の思いを超え、様々な働きとなって「現在(いま)」を作り上げていく世界、悲しみ、苦しみ、楽しみ、喜び、その全てが私にはなくてはならない、仏法に遇わせて頂く為の貴重なご縁であったと仰がれたのです。そしてこれを仏様の智慧の世界と受け止め、この出逢いを通して「空しさ」から救われたと言われます。私達は縁よっては何をしでかすか解らない、非常に不安定な生き物です。私達は業(ごう)という性(さが)を持ち、縁の中を生きる「業(ごう)縁(えん)存在(そんざい)」であり、その身の自覚を親鸞聖人は「宿業」の身であると押さえられました。先生ともあろう人が!政治家が!、何故あんな事を!と毎日の様に叩かれていますが、先生や政治家が人間をしているのではありません。人間が先生や政治家をしているのですから皆そういう物を背負っている、いわゆる宿業の身であるという事なのです。そしてこの宿業の身に響いて下さるのが阿弥陀仏の本願であり、生きる力となり、生きる意欲を与えて下さるのです。合掌

令和4年 8

 

「人の悪き事は、能く能く見ゆるなり。我がみの悪き事は、覚えざるものなり」― 蓮如上人 ―

 

私達が生きていく中で「正しく生きようと努める」事は一般的に模範とされる所でしょう。しかし人間中々そう上手くは行きません。生きていれば人様に迷惑をかける事もあります。しかし自分自身に悪い事をしたという自覚があれば、反省も出来るのですが・・・

ある方が本山に二泊三日で宿泊参拝に参加された際、部屋は九人の相部屋で広間を割り当てられたそうです。ところがその方は日頃からイビキが酷いようで、翌朝「煩かったでしょう、申し訳なかったです」と起き抜けに同部屋の方々に謝られたそうなのですが、皆さん口々に「イビキよりも歯ぎしりをどうにかしてくれ」と大笑いされたそうです。勿論、冗談半分本気半分ですが、言われた本人は恥ずかしくてたまりません。すぐに部屋を変えてくれと願い出たのですが、その際に「私達が認識し、誤る事が出来る罪はほんの一部で、実に浅いものですね」と言われたそうです。そしてその一言で改めて本山に宿泊参拝に来ている意義を考え直されたそうです。私達は多少なりとも「自分は正しい」という感覚を持ち合わせ人様と関わり、その「正」を杖にして世間を生きています。しかし自分が気付かない内に犯してきたであろう罪に思いを馳せた時、自身が追求している「正」が如何に自分の「生」の事実を誤魔化す妄念であるかに気付くのです。本願寺八代 蓮如(れんにょ)上人は右の法語を残されました。

解ったつもり、出来ているつもり、この〝つもり〟こそが我々の罪や苦しみの元になるのです。合掌

令和4年 7

 

「お念仏の道とは、私が私になるための道」

 

「仏様が人の様なお姿をなさっているのは私達が人だからです。もし猫が生きる事に迷い、仏教に救いを求めたならば、仏様は猫の様なお姿となり、お経も猫語でニャンニャンニャ~ンと書かれることでしょう。本当ですよ!」とお聞きした事があります。要は、阿弥陀如来という仏様は、人であるこの「私」に応える為に、同じ土俵に顕われて下さった仏様なのだという事でしょう。ではその「私」とは一体どの様な「私」なのでしょうか?それは「仏様の教えを求める私です!」と言えれば良いのですが、中々、どこを探してもそういう「私」は見当たりません。どちらかというと、日々「欲を満たし、自己の満足を求める私」が我がもの顔で現われます。ではそういう「私」には仏様はお応え下さらないのでしょうか?「お念仏を称え、欲が満たされ幸せになりました」という話を聞かない所をみると、的が外れているのかもしれません。しかしそういう私の目にも、今日もやはり仏様は我々と同じお姿に見えています。それでも尚、お応えに遇えない、響き合えないのであれば、やはりそれは「私」が問題なのでしょう。本当の「私」が見えない、いや見ようとしない、そんな「私」はいませんか?仏様の本当のお目当てはそういう「私」なのです。最後に、をさ・はるみ さんの「独り言」という詩をご紹介致します。

「私が私になる為に人生の失敗も必要でした。無駄な苦心も骨折りも悲しみも、皆必要でした。私が私に成れた今、全て貴方のお陰です。恩人達に手を合わせ、有り難うございますと独り言」合掌

令和4年 6

 

「この人生は、私に何を期待しているのか。と考えるべき」― ヴィクトール・フランクル ―

 

精神科医・心理学者でもあるヴィクトール・フランクルの言葉です。右記の言葉の前には「私はこの人生に何を期待出来るか、ではなく」とあります。前述と後述の言葉を比較してみますと主語が「私」から「人生」に変わっています。私から見た人生観ではなく、人生を通して「私」という存在自体を問うていくという事でしょう。又、フランクル氏は「生きる意味とか、生きる価値とかは精神論ではなく、存在そのものにある」という言葉も残されています。生きる意味や生きる価値、生きる喜び等は精神論ではない、本来存在そのものにあるのだと言う事でしょう。そう言われますと、私達は日ごろ仏法聴聞のご縁を頂いてはいるものの、ついぞ心の持ち方だとか、日々の生き方や考え方等というものに気を取られ、信心・信仰というものは、常に感謝の気持ちを忘れないだとか、常に謙虚に、前向きに等と精神論的な処に立ち止まり、ともすれば自らの手柄にでもしようかと右往左往しているのが実情ではないでしょうか。そもそも精神(心)というものは存在(身)についての認識作用の一つです。この存在(身)あってこその精神(心)の働きで、身の事実を超えて心の問題は量れません。「私」を主語として人生を見ると様々な「苦」に突き当たります。しかし、人生そのものから「私」自身が問われた時、はじめて「苦」に意味が芽生え、人生に深さや広がりが生まれてくるのです。今月は編集余録に「歎異抄」第九条をご紹介致します。 合掌

 

令和4年 5

 

「如来の本願は風のように身に添い、地下水の如くに流れ続ける。」― 平野 修 ―

 

多くの植物が芽を出す今の時期、色彩豊かに春の香りを放ちながら、一瞬の華を咲かせ実を結びます。そして枯れる事によって次の新たな芽を息吹かせるのです。人間の一生も然り。大きな働きの下、人は独り生まれ、人として生き、独りとなって死んで逝く事により、次の世代へと生命を繋いでいきます。何度も繰り返されるライフサイクルの中で、本来、あるがままの自然の流れに身を委(ゆだ)ね生きればいいはずの私が、私の思いのままに生きようとする。そこに「苦」が生まれるのです。思いのままには生きられない。それを心の何処かで解ってはいるものの、欲に流され、周囲と比べ、今此処にいる自分ではなく、いつかの何処かの自分を追い求めてはいないでしょうか? 努力する事自体はとても尊い事です。しかし自分の思い通りにしようとすればする程、その働きは自我の殻に閉じ込められます。頑張るとは我を張るという事です。ですから我を張れば張るほど愚痴が出ます。目標や目的にばかり捕われた努力は中々実を結びません。寧ろ、どんどんと狭い枠に閉じ込められていきます。水は蒸気となり雲となり、雨や雪になって又大地に還りますが、形は変わっても水である本質は何ら変わりません。春には春の風が吹く様に、我々が何処で何をしていようと、如来の本願は常にこの身に寄り添い、地下水の如く我々の心の奥底を潤すのです。そしてその本願によって燃やし尽くした命は、又次世代の新たな命へと繋がっていくのです。合掌

 

令和4年 4

 

「誰とも 比べられない。比べようがない。比べる必要がない。それが貴方です。」― 釈迦牟尼世尊 ―

 

お陰様で本年の「春の法要」を無事に勤め上げる事が出来ました。コロナウイルスの感染も未だ収まりきらぬ中、近隣各地より沢山のお参りを頂きました。又、お忙しい中をご尽力頂いた役員方々、並びに御志納金のご協力を頂きました皆様、誠に有り難うございました。心中より深く御礼申し上げます。

本年は、講談師の旭堂南雲さんをお招きし「講談とお説教」として、南雲さんオリジナルの講談「親鸞聖人物語」から『出家学道の段』をお話し頂きました。戦国の動乱の中、幼い松若丸(まつわかまる)(親鸞聖人の幼名)が両親と引き離され、たった独りで比叡山へ出家され、「範宴(はんねん)」という名を授かり僧侶としての歩みが始まります。今回のお話しはここ迄となりましたが、お話しの中には現代を生きる我々にも考えさせられるキーポイントが幾つかありました。一つは両親との別れです。下級武士とはいえ武家の嫡男として生まれ、家族と共に穏やかな毎日を過ごしていた少年松若丸、当然その事自体に何の疑問も持たず、日々の生活にもたれかかる様な、そんな暮らしが続くかと思いきや、特に大きな失敗をした訳でもなく、また誰が悪い訳でもない、ただただ世の流れ、時世の波に呑み込まれ、九歳の少年がある日突然 家族から引き離され、今迄の平穏な日々を一変させられる「時」がやって参ります。正に諸行無常の世界、盛者必衰とは申しませんが、自我の世界ゆえの「苦」を考えさせられます。次に、少年松若丸が牛車に揺られ比叡山に向う道中、一人の少年が大路で行き倒れになっています。見たところ同い年位の少年を見た松若丸は思います。「この少年に比べれば、私などは恵まれている方だ」と。そう自らに言い聞かせ、自身の境遇を受け入れようとします。しかし釈迦は「比べても解決にはならない、寧ろ比べる事によって苦しみはより深くなるのだ」と説かれます。比べてみた所で現実の境遇は何も変わりません。確かにその場は一時的に乗り越えた〝気〟になるかも知れませんがそういう人は、今度は逆に自分より恵まれた人に会うと嫉妬心に落ち込んでしまいます。釈迦の名台詞、天上天下唯我独尊の「唯我独尊」とは、独り独りが誰とも比べられない、比べ様がない存在なのだと説かれている。と同時に、我々の立脚地を問うて来られているのです。比べる必要がなくなる。そういう生き方こそが自らの解放、真の解決につながるのです。親鸞聖人は釈迦の説かれた「無量寿経」に帰依され、独りの念仏者として生涯を全うされました。今月八日はお釈迦様の御誕生日です。私達も聖人の物語を通し、釈迦の説法に耳を傾けてみましょう。南雲さんこの度は誠に有り難うございました。合掌

 

令和4年 3

「人間なればこそ、煩悩を生きる」

『人皆(みな)心有り。心おのおの執(と)れること有り。彼是(かれよみ)すれば我(われ)は非(あしみず)ず。我(われ)是(よみ)すれば彼(かれ)は非(あしみ)ず。我必ず聖(ひじり)に非(あら)ず。彼必ず愚(おろ)かに非(あら)ず。共に是(これ)凡(ただ)夫(ひと)ならくのみ。(「十七条憲法」第十条より)』

人は皆、自らの思いに捕われている。自分が正しく、相手が間違っているのではない。何処迄いっても互いに只(ただ)の凡夫(ぼんぶ)なのだと。各々その立場や関係性の前に、心を持ち、感情を抱き、欲と執着に縛られ、煩悩の中で懸命に凡夫の身を生きているのだと。それが「人間」という生き物であり、この私自身も、漏れなくその一人なのだと。日本仏教の祖、聖徳太子はそう書き記されました。さて、その「人間」という生き物が本当に願う世界とはどの様な世界なのでしょう?それは決して合理性や理想論で叶ったり整う世界ではないでしょう。昨今「一緒に頑張りましょう」「皆で考えましょう」「寄り添って」等と連呼されますが、言うは易し行うは難しです。そもそもそういう生き方を避け、各々個別に暮らす様になったのは私達ではありませんか?都合の良い距離感は保ちながら、表面的な協調やその場凌ぎのお手伝いでは根本解決にはなりません。仏教にも「共生(共に生きる)」という言葉がありますが、それは思い通りにならない〝私〟と、思い通りにならない〝貴方〟。そんなどうにもならない者同士が共に佛の教えに照らし出され、各々がしっかりとその身の事実に自立し「だからこそ!」と互いに言葉を尽くし、本気でぶつかり合い、本当の心の出会いを諦めない。そういう者達の歩みを言うのです。何でも他人や社会の所為にする人、虐待を繰り返す人、戦争を惹き起こす大統領。そんな人達も皆、各々の「正義」を生きている。どうにもならん「人間」を生きているのです。合掌

 

 

令和4年 2

 

「世間の言葉によって傷つき、仏法の言葉によって気付く」

 

あるお寺に用事で出かけた折、そのお寺の掲示板の前に、六十代位の女性がじっと佇(たたず)んでおられました。声をかけてみますと、私が僧服を着用していた事もあってか色々とお話しをして下さいました。仲の良かった友人と些細な一言から関係が拗(こじ)れてしまい、以来音信不通だという事でした。仲直りしたい気持ちはあるのだけれど、あの一言を思い出すとどうにも腹が立ってきて・・・。と、この数年、中々状況は好転しないようです。ですがその後、掲示板を指さして「ズッと悶々としてたけど、何かこの言葉が腑に落ちました。」と言われました。掲示板には「私が正しい、争いの根はここにある」と書かれていました。書かれている言葉は至って普通、実に当たり前、誰でも知っている事です。しかし知っているのと「解る」、「腑に落ちる」という事は別です。普段は何でも無い一言が、たった少し、ほんの少し、立ち位置が変わるだけで響いてくる事があるのです。言葉とは外に向って発するものですが、発した言葉によって人様を傷つける事もあります。人様を傷つけてはいけない等と言う話をするつもりはありません、立ち位置(立場)が違えば人を傷つけている事にさえ気付けないのが「人」だという事なのです。近年LGBTQや男女差別が問題視され、メディアを駆使して、様々な人達が、様々な立ち位置で発言されていますが、残念ながら根本的な解決の糸口は見えてきません。そんな我々「人」に

向って如来は「法」を説かれるのです。「今(こん)現在(げんざい)説法(せっぽう)」。今この場所で、この時に、一時も休む事無く我々に法を説かれているのです。その法に立つ事を「信心・信仰」と言うのです。 合掌

 

 

令和4年 1

 

「如来あっての信」か? 「信あっての如来」か?―曽我量深―

 

ある講演で曽我量(そがりょう)深(じん)師が出された講題です。私達は、仏教は如来様があってこそ成り立つものだという思いが心底にあります。しかし師は「如来があるから信じるのか?それとも信じなければ解決がつかない問題や要求を私達人間が抱えているから、それに応えて如来は現われて下さるのか?どちらか?」という事をお聞きしたいのだと言われました。仏教に限らずとも、信仰は先ず如来(信仰対象)が何であるのかを理解する所から始まるものであり、それは「如来あっての信」と言える一つの信仰の形でしょう。しかしその様な信仰が、自分の思いを超えた様々な「縁」の中で、幾度も幾度も、自分自身に問い返される事を通して「信あっての如来」へと転換が起こり、そこに初めて信仰が決定性を持ち確固たるものとなるのだと教えて下さっているのではないかと思うのです。「如来あっての信」という信仰は、如来と私とが対象的な関係にあり、如来と私の間に隙間を感じるのです。そしてそんな些細な「間」の所為で、信仰が力を持たなくなったり〝私〟の苦しみを救うものでは無くなったりします。しかしその様な行き詰まりの状況を破る様にして「教え」は「縁」と重なり合い、響き合い、この身の現実を通して、私の問題、命の要求に応える様に、如来として新しい出会いを繰り返すのだと思うのです。師は一年後に出版された講演録のタイトルを「我如来を信ずるが故に如来在(まし)ます成り」とされました。新年を迎え、如来像と向き合いながら思い返したお言葉です。合掌

 

 

令和3年 12

 

「一日の空過は、やがて一生の空過となる。」― 金子 大栄 ―

人生は、長短はあれども一回限りのものであり、二度と繰り返される事はありません。またその生涯の中の「今日」という日も、各々一回づつしかありません。その一日を大切に考える人は一年を大切にし、一年を大切に考える人は一生を大切にされる事でしょう。一日を大切にという事は、何も朝から晩まで精力的にこなし、良い結果を残すという事ではありません。寧ろ、今日という「時」に恵まれ、新たに手にした一日を心から喜び、その大切な一日の中で本当にしなければならない事を考え、成果は問わず、黙々と行(ぎょう)じていく事が大切なのです。一日に十の用を済ますのも、一つの用と丁寧に向き合う事も同じ「時」を使います。『怠惰(たいだ)は人の骨を抜く、多忙は人の心を失う、空過は人の尊い生命を限りなく奪い続ける。それは大切な「時」を殺す事である』と言われます。何の根拠も無く、身勝手に設定した寿命という「時」の中で、昨日の続きを生きているだけの人生では、いざ振り返ると空しさばかりが残ります。あと何年、あと何年と、まるで人生を引き算しているようです。如何でしょう、朝目覚めた時、仏前に手を合わせ、新しい今日という一日を意識するだけでも良いのです。そう言う意味では、毎晩が大晦日であり、毎朝が元朝・元旦です。新たな一日を積み重ね一年一生を築き上げていく。足し算の人生です。「いつまでも生きていたい」「いつ死んでもいい」この想いは正反対の様ですが実は一つです。『本願力に遇いぬれば、空しく過ぐる人ぞなき』コロナ禍といえども、大切な新しい一年を、共にお迎え出来る事を心から願います。 合掌

 

令和3年 11

 

「油がなくては火は灯らない、しかし火を灯さないのなら油も用はない。」 ―金子大榮―

 

ある寺の掲示板に『クイズ。私は「 」の為に生まれてきました。この「 」の中に入る言葉は何ですか?』と書かれていました。檀家さんは答えに苦しまれていたそうで、ご住職が、仮に今自分が大切にしている物を入れてみてはと提案されたそうです。お金、健康、美容、家族、趣味、時間、仕事、人それぞれに大切にしている物は有るようですがその為に生まれてきたかと言われると中々しっくりとしません。大切な物、求めている物を揃える事が幸せに成る、成功する事と漠然と想定してはいるが、その為に生きているかと言われると何かが違う。そうなると今度は逆に私達の「大切」が問われてきます。この様な問題に、金子大栄という先達が以下の様な言葉を残されています。「油がなくては火は灯らない。しかし火を灯さないなら油も用はない。私達が「命」と考えているのは油の方か、火の方か、私は熟々(つくづく)と我々の「命」は火であると思うのであります。命の火、これによって自分を照らし、そして本当の生き甲斐を感じる。例え明日死んでも今日この火が燃えている限りは生き甲斐があるという意味において、涅槃経で長寿と仰るのはこの火の事であろう。兎に角この命の火を感じる処に私は生きているという喜びがある」と。本来、命の火を燃やしきる事が、生を授かった者の根本の願いであるにも関わらず、火を忘れ、油集めに奔走する私がいます。何の為に生まれ、何の為に生きていくのか?正にこの問いと共に生きていく事こそが、一つの答えなのではないでしょうか?合掌

 

令和3年 10

 

「そのまま」は、あるがまま。「このまま」は、わがまま。

 

本年の報恩講は大阪壽光寺の蕚慶典師に御法話を頂きました。その中で『無条件の救済』についてのお話しがございました。阿弥陀仏は「我に任せよ〝そのまま〟で来い」との勅命です。ですが私達はそのお言葉を聞いて、「解りました、では〝このまま〟で良いのですね!?」と頂きますと、御仏は「いや違う!〝そのまま〟で来い」と返されるのです。まるで問答のようですが、私達は「そのまま」と「このまま」を同じ様に考えています。しかしそこには大きな違いがあります。「そのまま」を見ているのは第三者です。他からみた〝私〟です。しかし「このまま」を見ているのはあくまでも〝私〟自身です。私が私を見て発している言葉です。要は「そのまま」の姿には私(自我)がありません。苦しむ姿そのまま、悩む姿そのまま、喜ぶ姿そのままに、事あるごとに一喜一憂し、生から死までコロコロと転ぶ姿、生死流転の身そのまま、隠したり、誤魔化したり、するに出来ない「そのまま、あるがまま」の姿を言われるのです。しかし「このまま」となると如何でしょう?その「このまま」を判断しするのは仏様ではありません。この〝私〟です。そうなると当然、そこには私の〝思い〟が多少なりとも入って来ます。欲も出れば、感情もあり、人の評価も気になりますし、執着や偏見の思いもそう簡単には拭いきれるものではありません。要は「このまま」は、何処までいっても〝私(自我)〟が作り上げた「我がまま」の姿であると言う事なのです。そして我々にはその自我を捨てる事は出来ません。故に「弥陀を頼む」のです。合掌

 

令和3年 9

 

「あなたは本当に人を人として見ていますか」― 近藤辰雄 ―

 

先月の盆明けに「いやぁ、この間は檀家の御子に一本取られました」と同行が話してくれました。盆参りにお伺いした際、その子が出てきたので「誰もおらんの?」と尋ねたところ「僕がいるよ」と答えられたという事でした。よくある話かも知れません。しかしいくら忙しい時期と言えども、目の前にいる子供を無視して「誰もおらんの?」は確かに失礼です。皆さんもよく御存知の書道家、相田みつおさんの作品に「人間はねぇ 人から点数を つけられるために この世に生まれて きたのではないんだよ。人間が先、点数は後」という詩がございます。近代、学校では点数をつけられ、会社では結果を求められ、社会ではルール・マナー・モラルが強要され、挙げ句にコロナという得体の知れない物に振り回されて疑心暗鬼に陥る始末。これで私達は人と向き合い、人を見ていると言えるのでしょうか?「人を人として見る」その正解がどの様な事なのかは容易には解りません。しかし、人様の有りのままを丸ごと受け止め、一人の「人」として見れていない事実を、この様に指摘し問題として知らせて頂ける「教え」を無視してしまうのであれば、それこそが「私」が人である事を失ってしまっているという事なのではないでしょうか?この一言「因」と出会い、向き合わざるを得ない「心」の芽生えが一つの仏縁「恩」なのです。ほんの一瞬でも良いのです、その一言を「教え」と頂き、真剣に向き合う時間を持つ事が「恩に報いて生きる」と言う事なのです。いよいよ本年も「報恩講」をお迎え致します。真宗門徒の一年は報恩講に始まり報恩講に終わると言われます。皆様お一人お一人の報恩講でございます。どうぞお参りください。合掌

令和3年 8

「私達は、『みんな』』という不気味なものの中に隠れようとします。」ー 平野 修 ー

 

浄土真宗系のお寺で施餓鬼(せがき)(餓鬼道に堕ちた亡者達に施す)は勤めませんが、お盆は元来、この施餓鬼供養が始まりと言われています。その昔、お釈迦様ご在世の折、餓鬼道に堕ちた木蓮(もくれん)尊者の母親を救う為に、百味(ひゃくみ)の飲食(おんじき)を供え供養し、その功徳によって、母親や餓鬼道に堕ちた亡者達が救われたと伝えられています。ところで、この餓鬼道とは仏教で言われる我々の迷いの世界『六道(ろくどう)(地獄道・餓鬼道・畜生(ちくしょう)道・修羅界(しゅらかい)・天界(てんかい)・人界(にんかい))』の中の一つの世界で「欲」が満たされない、常に飢えと渇きに苦しみ続ける世界を言います。そして次に畜生道とは、人の評価や世間の流ればかりを気にし、それを普遍的、絶対的な正義と捉え、主体性に欠け、窮屈な価値観(檻)の中で、まるで飼育されている様な、そしてそこから抜け出せないまま、取り繕うた〝私〟に支配されている世界の事を言います。そして地獄とは言葉や思いが互いに伝わりあえない世界、修羅は怒りに我を忘れる世界、天界に有頂天となり、そしてまた人界に戻り生死の世界に迷う。如何でしょう、私達の人生は正にこの繰り返しと言えるのではないでしょうか?今は昔「赤信号、皆で渡れば恐くない」と言われた方がいて社会現象となりましたが、詰まるところそれが社会の〝本音〟だったのでしょう。しかし、「六道も皆で迷えば恐くない」とはなりますでしょうか?何でもかんでも「皆で」「一緒に」では根本的な解決にはなりません。この〝私〟の解決が大事なのです。 合掌

 

 

令和3年 7

 

「自分の物差しで計るのではありません。自分の物差しを計るのです。」

 

「もし、私が仏に成れるとしても、十方の衆生が悟りを求める心を発し、様々な功徳を修め誠の心で願いを発(おこ)し、私の国に生まれたいと欲(おも)うなら、その人が命終えようとする時に私が多くの菩薩、聖者達と共にその人の前に現われましょう。そうでなければ私は誓って悟りを開きません」これは弥陀の四十八願、第十九番目「至心(ししん)発願(ほつがん)の願」です。ここで言われる「様々な功徳を修め」というのは道徳的な善行や、一生懸命頑張って〝手柄(てがら)〟を立てなさいという意味ではありません。故・菅原文太さんの妻、文子さんはご主人の一周忌にあたり『琉球新報』に「私達には世界の半分しか見えていない。半分は明るく、半分は暗い半月を見るようだ。欠けた半月の暗闇に生きる人々の声が伝わらない限り、(中略)半月の片側にだけ花束を捧げる事は出来ない。」と投稿されています。真面目である事は大事です。懸命に生きる事も大切です。しかし自己を顧(かえり)みる事のない真面目さ、懸命さは、時に悲劇をもたらします。世間が作り上げる社会通念・価値観を、普遍的に捉(とら)え便乗し、私は正しい、間違っていない。という立ち位置から、他を悪とし、精神的、或いは肉体的にも攻撃し排除していく。そんなあり方に本当の「多様性」や「平和」は訪れるのでしょうか?更に「誠の心で願いを発し」ですが、誠の心とは私達の言う、ややこしい「良い心」ではなく、如来の呼びかけに応じ、命のままに生き、仏の国に生まれたい。と「欲生我国」を願えとのご催促です。しかし「私の世界」に固執している者にその声は聞こえません。合掌

 

令和3年 6

 

「本当の事がわからない。それが本当の不安です。」

 

釈尊はある日、苦行を離れ、村の娘「スジャータ」の捧げた乳(ちち)粥(がゆ)で体力を回復し、菩提樹(ぼだいじゅ)の下に座り瞑想(めいそう)に入りました。暫くすると様々な「魔」が真理を悟らせまいと攻撃してきました。そして物語として釈尊は、次々に「魔」を打ち破り、やがて真理に目覚めたとされていますが、本意としては、「魔」を追い払い退治した。のではなく、自身を誘惑し惑わせる「魔」という者の〝正体〟を見抜いた。という事なのです。釈尊は「魔」は外にあって攻撃してくるのではなく、全ては自身の内にあるもの。例えば、利益や名声を求める「欲望」や、凝り固まった価値観「妄執(もうしゅう)・執着」に捕われ生まれる恐怖心・嫌悪感・疑心・偽善・比較・自尊他辱、等の〝心〟であると見破られたのです。本性を見抜いてしまうと「魔」は力を失います。しかしそれは「魔」を消し去るという事ではなく「魔」に振り回されたり、煩(わずら)わされなくなるという事なのです。仏教の歩みは自身の行く手を妨げるもの、不都合なものを敵とし、征服・排除して行くというものではありません。寧ろ、その物の本質を見抜き、いわば和解しながら歩んで行くあり方です。縛られず、引きずらす、振り回されず、解放され自由に生きるという事は、自身の思いを遂げ、理想通りに生きるという事では叶いません。有りの儘(まま)を正しく受け止め、享受していくという事が何より大事なのです。その為には、森羅万象の道理を悟り、自在に生きた仏の「御言(みこと)」に聞いて行くしかありません。闇雲に毛嫌いしたり、恐れ、妄信(もうしん)するのではなく、先ずは正しく知りたいという姿勢こそが仏教のスタートです。 合掌

 

令和3年 5

 

「難しい事を易しく、易しい事を深く、深い事を面白く、面白い事を真面目に

真面目な事を愉快に、そして愉快な事をあくまで愉快に」ー井上ひさしー

 

行を積み、悟(さと)りを開き、自身の努力で仏に成ろうとする道を「難行道(なんぎょうどう)」と申します。言い換えれば、私達の苦しみの原因(因)を自らの力で解決し、幸せ(果)を得ようとする世界です。対して、弥陀の本願力によって仏となる道を「易行道(いぎょうどう)」と言い、こちらは苦の原因を作り続ける者がいくら努力したところで果を得る事は程遠く、必ず行き詰まり流転(るてん)を繰り返すであろうと見抜かれた、阿弥陀仏(果)の方が私達の持つ苦しみ(因)に寄り添うて来られ、私達が求める本当の「幸せ」とは何か?私達は本当にそれを心から求めているのかを問うて来られます。マスコミやネットから押し付けられる社会通念に振り回され、自由なようで、実はえらく窮屈(きゅうくつ)な世界に押し込まれ、何が本当の原因かも解らないストレスを抱え、いつの間にか人や世間を斜交(はすか)いに見て、自分なりの正解を探し求めます。しかしこの世は抑(そもそも)苦の世界、一切皆苦なのです。その苦の頭に御の字を付け上げ奉(たてまつ)り、労(ねぎろ)うて、様を付けて敬う「御苦労様」の世界なのです。そんな御苦労様と真面目に向き合うていく中でいつの間にやら、苦が苦でなくなる世界、乗り越えて行ける世界が開かれていく様に思うのです。それこそが本当の仏道であり、我々が求めて行くべき道なのではないでしょうか?愉快には楽しいという意味もございますが、楽には娯楽道楽、快楽もございます。この楽の見方を変えて極めれば「極楽」となるのです。合掌

 

 

令和3年 4

 

「幸せを下さい」と阿弥陀様に〝請求書〟を出すのではなく

「今の私を引き受けました」と〝領収書〟を阿弥陀様にお届けするのです。―米沢英雄―

 

希望の会社に就職出来た、学校に入学出来た。好みの人と結婚出来た。宝くじが当たった。等など、人生には嬉しい事が多い方が有難い。これは至極当たり前の感覚です。しかしその様な私達の心を見透かした様な言葉が仏教にはございます。これは禅語の一つですが、「好事不如無(こうじもなきにしかず)」なまじっか好事(都合の良い事)も実は無いに越した事は無いのですよ。と言われるのです。人は自身に都合の良い事、嬉しかった事があればやはり、その出来事、その条件への〝執着〟というものが生まれます。そして更に好事の継続や、増える事を願い、行いをします。せっかく良い学校に入れたのだから良い会社、良い仕事に就かなければ、世間様に格好よく見られるように、若さ、スタイルを保たなければ、パチンコや競馬も最たる物で、今日は五千円も儲かったので大事に持って帰ろう。等と言う人は滅多にいません。大体が「もうちょっとだけ増やそう」として、スッカラカンになって帰るのが関の山です。これらは皆、状態や条件に対する執着から生まれる迷いや苦しみなのです。そうした執着が生じるが故に、人は小さな喜びでは満足出来なくなってしまい、喜びに慣れてしまいます。そして「もっと良い事はないか」と心がウロウロし始めると、好事が起きない人生がつまらなく思えてきます。「何も良い事ないな~」「人生面白く無いな~」。そんな言葉が口から出てきたり思い始める頃には、自ら人生を台無しにしてしまいます。「どれだけ喜ばしい様な出来事でも、その事に心が捕らわれ迷いや苦しみの元になるのなら、寧ろ無いほうが良い」という戒めの言葉なのです。今そのままありのままの私の中にこそ喜びを見出させて頂く。その一点に真宗の教えが開かれていくのです。合 掌

令和3年 3

 

「家の記憶は喪われても、帰りたいという欲求だけは最後まで残るのだ」―三島清円―

先月二十六日から町内の八十二歳の男性が行方不明になりました。幸いにも今月二日には無事に保護されたようですが、現在の日本では年間約一万七千人近い方々が行方不明になられているそうです。ある時、気がつくと今いる場所が解らない「ここは私の居場所ではない」「何処かは解らないけれどとにかく帰りたい」しかしその帰るべき場所が解らない・・・。そしてその帰るべき場所を探そうと彷徨(さまよ)い歩き「徘徊」と呼ばれるようになる。現代の高齢化時代の一つの社会問題と言われていますが果たして高齢者だけの問題なのでしょうか?家に帰る迄の道程(みちのり)を記憶し、その記憶を再現するのは脳の仕事です。その脳が加齢に伴(ともな)い思うように機能しなくなる。これは我々が抱える「四苦(生・老・病・死)」の世界です。しかしどれだけ脳機能が衰退しても、やはり〝帰りたい〟という欲求が消えてしまうという事は中々ありません。寧ろ、今まで当たり前に思っていた「帰る場所」に対するその思いは増していくように思います。私はここに、人間というよりも生物が持つ、根源的な「命の源」を求める本能的な深い思い・願いのようなものを感じるのです。私達は日々眼前の仕事に追われ人間関係や社会動向に振り回されながらも、毎日の日暮らしをおくっています。しかしその人生の方向性や、身の置き場所は本当に確かなものなのでしょうか?道に彷徨い、人生を徘徊しているのは私達も同じなのかも知れません。そうなると私達は一体何処へ向って進んでいるのでしょう?何処へ帰ろうとしているのでしょう?これは社会の問題ではありません。私(個人)の問題なのです。合掌

 

令和3年 2

「愚痴というのは弱さです。愚痴というのは解らないという事ではない。

 事実を事実として引き受けられない弱さです」ー宮城 顗ー

私達は日頃、当たり前の様に「私は」「私が」という言葉を使って生きています。先ず疑うこと無く、あらゆる事柄に関して「私」が主人公となり、様々に考え、行動し、不都合を避け、場合によってはその不都合や不合理を他人に押し付けてでも「私」の都合を整えようとします。その事柄のスケールの大きいか小さいかで「問題」になるか、「皆そんなもん」で終えていくのでしょう。しかし、この「私は」という処に立ち続けていると、この様な事実にも無自覚になってしまいます。ところで、我々のご本尊「阿弥陀如来」像を御覧頂くと、背面から光が発せられているお姿になっています。これは仏前に座する者は全てが、その光を〝受け取る側〟にいる。という事を表わします。という事は、この空間では「私は」に当たる主語は「仏様は」「仏様が」という事になるわけです。となると「私」はどうなるかというと「私に」「私を」となり「私の為に」「私の事を」と受け手の

立ち位置に変わります。これを「回向」と言います。「私は」「私が」では、どうしても足りない事や満たされない事、思い通りにならない事に思いは行きがちになりますが、「私の為に」「私の事を」という視点から過去・未来・現在を見たり、考えたりしていきますと、様々に〝私〟を也たらしめる存在やその関係性、他との繋がりに改めて気付かされ、感じられる様に思うのです。この様な自身の立ち位置の転換「回向」がなければ、いくら一生懸命に豆を蒔いたところで、鬼が鬼を祓っている様にしか見えません。「鬼滅の刃」に切られてしまうかもしれませんね。合掌

令和3年 1月

「光寿無量」ひかりといのちきわみなき

毎年、元旦から七日頃まで掲示板に張り出している仏教の言葉です。光とは距離を表し、寿は時間(命)を表します。その二つを量る事が出来無いと書きます。量り知れない世界を照らし、限りない時間(命)を有する存在。それを「阿弥陀」と呼び顕します。元来(がんらい)「阿弥陀」とは無量光(アミターバ)と無量寿(アミターユス)との意味を持ち、双方の語尾を省略し「アミタ(阿弥陀)」と音写されているのです。これまで我々、特にお寺は集まりを求め、三密状態を喜んできました。ところが一年程前からそれは許されなくなりました。それが娑婆です。限り有る世界で、限り有る人生を送る。それがまた人間なのでしょう。そんな娑婆での人間としての生活の中で、今私たち人間が本当に求めているものは一体何なのでしょうか?よくテレビ等の報道で元の生活等と言われ、行動の自由、人との触れ合い、経済の活性、医療体制の充実、等と言われています。勿論私もその通りだと思います。しかしこうして新年を迎え、改めて如来の御名の由縁を頂きますと、私の心は何か得体の知れないものからの解放を求めているようにも感じるのです。 合掌

令和2年 12月

「迷惑かけて、ありがとう」ーたこ八郎ー

今は亡き「たこ八郎(本名・斎藤清作)」さんの言葉です。彼の事を知る人はもう少ないかも知れませんが元プロボクサーで、漫画「あしたのジョー」のモデルとしても有名です。引退後はコメディアンとしても活躍され、44歳の時に酒に酔い、海水浴中に心臓麻痺をおこし、その生涯を閉じられています。その様に生活は破天荒で多くの方に迷惑ばかりかけていたと言われますが、その反面、沢山の方に親しまれていたとも言われます。その彼の口癖が「迷惑かけてありがとう」だったのです。本来であれば迷惑かけてゴメンなさいか、すみませんだと思うのですが、彼は何故この様な言葉を使われたのでしょう。彼をよく知る人達は「たこさんには相手の我慢や辛抱がよく見えていて、謝罪よりも先に感謝が出てきてしまうんだよ」と言われます。恐らく彼の言葉には感謝の根底にある「申し訳ない我が身」の自覚がしっかりと据えられていたのでしょう。大河内了悟という仏教者も「念仏する身が辛抱するにあらず。相手の辛抱が見ゆるのである」と言われます。我が身を弁護し善く見せようと心労し、都合に合わせて弱者にも強者にもなり、都合が悪くなると他の所為にする。たこさんには我が身も含め、その様な「人」という者が見えていたのかも知れません。真理が解らず、迷い、惑う。そういう人の様子を「迷惑」と言い表されます。迷惑をかけずに生きる事など我々には絶対に出来ません。大切な事は迷惑をかけている「自覚」なのです。その自覚が本当の感謝となり互いを結びつけるのだと思うのです。口先の感謝には大きな闇が潜みます。合掌

令和2年 11月

「自分こそが一番あやしい」―狐野秀存―

「一番怪しいのは自分やないか!」。通りの「怪しい人を見かけたら110番」の張り紙を見ながら ある先生が言われました。人の事を善し悪しと決め付け、全能の審判者にでもなったつもりで評価を下している自分こそが一番アテにならないのだと。「天下に己以外のものを信頼するより果敢(はか)なき(思い通りに行かない事)はあらず。しかも己ほど頼みにならぬものはない。どうするのがよいか。森田君、君この問題を考えた事がありますか。」夏目漱石が弟子の森田草平に宛てた手紙の一節です。近代日本の知性を代表する漱石の鋭い人間観察です。しかしその漱石も「どうするのがよいか」と問いかける所に、未だ自身の知性や能力で事を解決していこうという、自らの力「自力」を頼む心が現われます。「己ほど頼みにならぬものはない」と述懐しながらも己をアテに、頼りにしてしまう。そういう人間臭さがこの文面からは感じ取ることが出来ます。そしてこのような人の有り様を、真宗では愚者とおさえられます。かと言って私達に漱石を責める事などは出来ません。客観的に自分を見る事ほど困難な事はないからです。親鸞はその様などうする事も出来ない愚かな身を「煩悩具足の凡夫」と言い当てられました。弥陀の摂取不捨(必ず摂め取り、捨てはしない)の大慈悲心を信じ、凡夫の事実に身を任せれば、今の世の中も少しは生き易すくなるように思います。現代人の病は凡夫である事を封じこめるところにある様に思うのです。常に正解を求め、間違わない者、義(ただ)しい者でなければならないと、自分で自分を追いこめる所に窮屈さを感じるのです。北陸の真宗門徒の間に言い習わされてきた言葉があります。「凡夫のはからい、ぬかりがある。」合掌

令和2年 10月

「愚か者と気がつけば人に教えを聞く心になる」―高光大船―

人間という生き物がこの世に誕生し幾日が経つのでしょう。日進月歩であることは間違いありません。二本足で歩き、手を使う事を覚え、火をおこし、道具を使う事を身に付け、文明というものを持ち始めました。そして何時の頃からか賢者となる事こそが人間の目標であり愚者である事は否定される様になりました。酷い言い方をすれば、認められない、許されない「何か問題があるのだろう、遠慮して頂こう」とレッテルを貼られてしまいます。しかし、自分自身を見つめてみますと、頑張ってはみるがどう仕様もない自分に出会う事があります。もう打つ手が無い、これだけしても無理なのかと。そこには自分が頑張る事しか思い付かない、頑張って努力さえすれば〝何とかなる〟という自負心が拭えない「我」が見え隠れ致します。「仏法」というものは自身の愚かなる事を素直に見つめさせて頂く教えです。その「愚」とは、決して他者との能力の優劣を比べているのではありません。自分自身の事や自身を取り巻き「私」として成り立たせている様々な条件(御縁)に気がつかず。そして何より釈迦の説かれる道理(縁起の理法)に暗く、誠を知らず、自我の中で〝解ったつもり、解った気〟になって右往左往している我々の姿をもって「愚者」といわれるのです。そしてその事は、仏法に依りながら生きている、又は生きた方から学ばせて頂くしか無いのです。法然上人は、「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と言われました。大事な一言です。合掌 

 

令和2年 9月

「逆光も また光なり」

あるお寺にお説教に出かけた折、婦人会の方がお仲間の七十歳前後のご婦人をさして「あの人は年の割にいつも元気で、お肌も艶々してて羨ましいわ~」と羨望の眼差しで見つめておられました。普段から地域やお寺等の集まりにも積極的に参加し、多趣味でよく旅行にもお出かけになるそうです。「自分磨きにお金と時間をかけられる人はええな~、そら艶も出はるわ」・・・ なるほど、羨ましいと言うよりも少々嫉妬心もあるようです。しかし唯ただ磨けば艶が出ると言う ものではないと思うのです。どれだけ永い時間をかけ、必死に磨き続けてみても磨くだけでは艶が出る事はありません。艶を出すには磨いた所に「光」が必要なのです。御内仏のご本尊の脇軸に「帰命尽きみょうじん十方じっぽう無碍光むげこう如来にょらい」とあります。尽十方無碍光如来とは阿弥陀様の別称ですが、あらゆる方向に、何処までも尽きる事なく、何者にも碍げられる事のない、永遠の光を放つ仏様という意味です。しかしその光は決して順光(都合の良い光)ばかりではありません。 時には逆光(都合の悪い光)に向き合わなければならない事もあるでしょう。件のご婦人も、 端から見ていると順光に恵まれた日々の様に見えるのでしょうが、私達には想像もつかないご苦労もあった事でしょう。仏教に説かれる「苦を苦として受け止める」という事は「考え方を変え、良い方に捉え前向きに生きましょう」等というものではありません。それは所詮その場限りの誤魔化しでしかないのです。よく「ありのままの私を受け入れて欲しい」という事を聞きますが、それと同じように「苦」もまたありのままに受け入れて行くことが大事なのです。その為には「仏法」という光が欠かせません。艶のある人生には必ず光があるはずです。合掌

令和2年 8月

「生の縁は無量であり 死の縁もまた無量である」

一つの命が今ここにある事実。その背景には、数え切れない、理解し得ない程の様々な「縁」が関わっています。産んでくれた親や、現世まで命のバトンを繋いで下さった先達、水や空気、衣食住や労働、学業に関しても、様々な縁が絡み合い重なり合いして、今現在があるのです。「生」はその一つの結果に過ぎません。そして同じ様に「死」もまた我々の人智を超えた無量の縁によって整っていきます。そしてここで大切な事は、生の縁は良縁、死の縁は悪縁と、その「縁」を身勝手には選べない、仕分ける事は出来ないという事なのです。「生」と「死」は表裏一体であり、紙切れの表と裏の様なもの。うかうかしていると どちらが表で、どちらが裏かも解らなくなってしまいます。一人の女性がALSという病の縁を受けました。とても芯の強い知的な方だったようです。そして彼女はその病に果敢に挑み、この「縁」に対して真正面から向き合われ、生きました。苦しみ、落胆、絶望、その様な思いが繰り返えされる日々であったかと拝察致しますが、彼女は生きようとされました。結果として彼女は死をむかえましたが、発病から臨終まで、彼女にも様々な縁があった事でしょう。件の容疑者との縁も含め、その一つ一つの縁が、生の縁か死の縁か、紙の表だったのか裏だったのかは、どれだけ一生懸命に考えたところで、到底量り知る事は出来ません。その解らんものを解らんものと して受け入れられないところに人間の苦しみの元があるのです。彼女は現代に生きる我々に「命」に対する大きな問いを投げかけて逝かれました。 合掌

令和2年 7月

「退屈」とは、道を絶たれた者の姿です

色々と解除はされましたが、まだまだ元通りの生活には至らぬ様で、好きな様に外出も出来ず二言目には「あ~退屈や、全然おもろない」と言うような声をよく耳にします。随分と時間を持て余している方がいらっしゃるようですが、この「退屈(たいくつ)」という言葉。現代では「暇で特にする事もなく、飽きる様子」と言うように取られますが、元々は大切な仏教の言葉の一つで、僧が仏道修行の厳しさに〝屈(くつ)し、退(しりぞ)いて〟しまう。そういう姿を「退屈」と言われました。仏道に生きようと決心した者が志(こころざし)半(なか)ばに挫折し、そのまま進むべき道を見失ってしまえば後は飽き飽きと人生を送り、空しく閉じて逝くだけである。という随分と手厳しい言葉のようです。しかし現代を生きる我々は、ゆっくりと「退屈」する事すら許されないようで、毎日分単位で、国の内外を問わずにありとあらゆる情報が、新聞・スマホ・テレビ・ラジオ等を通して、こちらが意識して遮断せぬ限り、休む間もなく流れ込んできます。更にその中で少しでも興味のある物事があればいくらでも追いかけていけます。そしてそれは私達の脳を刺激し 一つの快楽として捉(とら)えます。言い換えれば現代人の退屈は「心身に与える刺激的な情報が遮断された時」と言えるかも知れません。退屈とは、己自身がしなければならない事、すべき事を見失ってしまった時に自らが起こす黄色(注意)信号なのです。退屈を暇つぶしで解消させてはいけません。退屈は「見失ってしまった本当の志(道)を見つけなさい」と、進むべき方向を促す、自らの内に宿る仏心からのメッセージなのです。合掌

令和2年 6月

「踏まれた者」と「踏んだ者」 中々出会えぬ者、ふたり

人との関わりの中で生きていますと様々な問題にぶつかります。そしてその問題の殆どは思うようには解決に至りません。その原因の一つには「された側」と「する側」で、その認識に大きな隔たりがあるからです。少し言い方を変えてみますと「踏まれた者」と「踏んだ者」。「踏まれた者」は痛みを感じますが「踏んだ者」はその痛みは解りません。解ったとしてもそれはイメージの上だけで、中には踏んだ事すら気付かない者もいます。「痛いと言う者」と「痛みの解らない者」「踏んだ自覚の無い者」が本当の意味で〝出会う〟はずはありません。SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の中での誹謗中傷による自殺問題が連日報道され社会問題となっています。「指殺人」という言葉まで生まれてしまい、人智や善意では中々解決の糸口が見つかりません。仮に立件され謝罪したとしても「踏んだ者」は事件の大きさは解っても、被害者の身体的・心的な本当の痛みは何処までいっても解らないでしょう。しかしそれ以上に厄介な事は「踏んだ者」が「踏まれた者」、「踏まれた者」が「踏んだ者」にいつでも成り代わり得るという人間の持つ事実の方です。そこで仏は説かれます、大切な事は「ごめんなさい、踏まれた者の痛みが解りません。教えて下さい」と〝聞く者・聞ける者〟になりなさいと言う事です。人は他人との関わりの「間」で生きています。それを〝人間〟と呼びます。人が人を評価し、ジャッジして回る事が「間」を生きるという事なのでしょうか? 聞く者になれないところに、数多の問題が解決に至らぬ本があるように思います。合掌

令和2年 5月

「人間は環境を作り替える能力がある。他の動物は環境に順応する能力がある。

 さて、本当の賢者とはどちらなのだろう」

コロナ騒ぎが始まって二ヶ月以上が経ちました。思いもよらない長期戦に、新聞やテレビ等では、毎日のように人々の精神的・身体的ストレスの記事が目につきます。そしてその不満やストレスの矛先(ほこさき)は国や政府へと向けられ、各新聞社・放送局によって好き勝手に報道されています。放送では「ワンチーム」等と叫んではいますが、一億二千万もの国民がいれば、それだけの都合・事情があるでしょう。その全てが一致団結となると中々難しいお話しです。我々はどうしても自分の足下や周りから整えようとしますし、優先もします。勿論それが悪いという訳ではありません。ところで皆さんは「外道(げどう)」という言葉をご存じでしょうか?一般的には「本道から外れた道」や「間違った道」等と取られがちですが、元々は仏教の言葉で「外に道を求める」という意味で使われます。具体的には自身が抱える問題の原因を全て周囲(外)の所為(せい)にし、更にはその解決迄をも周囲(外)に求める。という意味です。しかし本来の仏教、特に我々 真宗では「内観(ないかん)」という事を重んじます。自身の思いや都合に縛られ、望み通りの環境・条件を願い、現実に抗(あらが)う自己の〝 内 〟にこそ問題の原因は存在し、根本解決の道はそこにしか無いのだと教えられるのです。それこそ今我々はコロナにより大きく環境や条件が崩され、戸惑いながらも立ち向かい収束をはかります。しかし、そもそも私達は一体何をそんなに恐(おそ)れ抗(あらが)うのでしょう?コロナさえ収束すれば全ては 解決するのでしょうか?私はこのような時こそ仏法に問うていく善い機縁だと思うのです。合 掌

 

令和2年 4月

「当時この頃、事の他に疫癘(えきれい)とて人死去(しきょ)す。これ更に疫癘(えきれい)によりて始めて死するには

 あらず。産まれ始めしよりして定まれる定業(じょうごう)也。さのみ深く驚くまじき事なり。しかれども今の時分

 に当りて、死去する時は、さもありぬべき様に皆ひと思えり。これ誠に道理ぞかし」この故に阿弥陀如来の仰せら

 れける様は「末代(まつだい)の凡夫(ぼんぶ) 罪業(ざいごう)の我らたらん者、罪は如何ほど深くとも、我を一心に

 頼まん衆生をば、必ず拯(すく)うべし」と仰せられたり。『御文第四帖第九通』

右の文は、一四九二年、今から五二八年前、本願寺八代 蓮如上人が七十八歳の折、地方の門徒衆宛に書かれた御手紙『御文』の中の、第四帖九通目の一文です。現代語に直しますと「近頃、流り病を患い亡くなる人が多い。しかし考えてみれば、本来 流り病が原因で死んだという訳ではない。この世に生まれた時既にに『生あるものは必ず死に帰す』と、定まった道理によって亡くなったのである。とすれば、それ程に驚く様な事ではないはずである。とは言え、この時節「流り病で亡くなった」と言えば「そういう事か」と世間は得心する。これも実際最もな話である」と前の三行に。確かにそうなのでしょう。しかしそうは言うても・・・。というのが我々の本音です。しかしそこを見据えて次の言葉が続きます。 『この故に』(だから)です。「こうして道理を説いてみても心底飲み込めないのが人間です〝だから〟阿弥陀如来は「自我に翻弄され、世の道理に反し迷いし者も、この『弥陀』を一心に頼めば必ず拯(すく)うてみせる」と誓われるのです。勿論これは、だから安心して死になさい等という様なお話ではありません。寧(むし)ろどのような状況に立たされようと「怖がる事は何もない先の心配は御仏に任せ、今目前に与えられたその場、この時を力の限り生きなさい」というお言葉(御教え)を綴った五百年以上も前に書かれた〝生きる〟為の御手紙なのです。合掌

 

令和2年 3月

「仏道は、「問い」にはじまる道である」

かつて釈尊は生老病死という「問い」を抱き「仏道」という「道」を明らかにされました。それから凡そ(およそ)2600年。現代、特に日本に住む我々は、物質的には何不自由無く暮らせる世の中を生きています。しかしその反面、沢山の人々が心底に「満たされなさ」「空しさ」を抱えこんで生きているのも事実です。これだけ世の中が豊かになると、満たされていて正解、そうでない者は何かが間違っている、脱落者であるとみなされる。そうなるのは嫌だから世間と足並みを揃え、満たされている振りをし、共感の中で居場所を作る。と成るのです。虚無感から目を反らし本来各々にあるはずの人生への「問い」。その質を深める事を避け、器用にその場を無難にこなし、事無き事が正解であると、快楽的な刺激や楽しさを求め「悩めない人」が増えていると言われます。「思いやり・助け合い」「共に・一緒に」と耳障りの良い言葉が乱用されていますが、ウイルスが出れば即隔離し、人の事などお構いなしにマスクもトイレットペーパーも買い漁り、世界中で東洋人が差別される始末。それを一人がすればこれでもかという位に叩き、大多数であれば許される。それが我々の現実の姿なのです。釈尊はそれを改めなさいとは言いません。そんな自分から目を反らさず、自身を誤魔化さずに向き合うて生きなさい。自身を問うて生きなさい。それこそが「仏道」なのだと導かれます。心理学者のフランクルは「人間は、人生から問われている存在である」という言葉を残しています。仏教とは理想郷(果)を手に入れる為の教えではありません。人間が持つ、根源的な「問い」の発見・追求こそが仏道の始まりなのです。合掌

 

令和2年 2月

「悲しみと痛みを 忘れた世界ほど 悲しい世界はない 」

「泣ける映画」「感動できる純愛ドラマ」の類いが流行した時期があります。感動したい!思いっきり泣きたい!という人がそれだけ多かったのでしょう。かつての韓流ブームもそうした時代の一つです。一方で北朝鮮の拉致被害者家族が帰国した際、当時大流行していた「冬のソナタ」の放送が中止となり放送局に6千を超える視聴者からの抗議電話があったそうです。あまりにもドラマの世界に入りすぎ、現実にある人の痛みや悲しみが見えなく、感じなくなってしまう、正にドラマに涙しながら 涙を失ってしまった世界です。痛ましく悲しい現実世界の事実から目を背け、作り物の世界に涙と感動を求めても、それは虚構に過ぎません。虚構で代行された涙や感動は直に色あせ次なる虚構、新たな刺激を求めます。三重県員弁(いなべ)地方の葬儀では赤飯と辛子汁・涙汁(泣く程辛い激辛汁)が皆に振る舞われます赤飯は故人が極楽往生し仏と成るのだから こんな有難い事はない、喜ばんといかん、皆で祝おう!という意味があるそうです。ところが、泣きたい人達に対しては辛子汁(涙汁)を飲んでいるのだからそれも仕方が無い「大いに泣いていいんだよ」と。仏縁の尊さと共に、人の抱える現実の悲しみ・辛さにも目を向け配慮した、何とも暖かく思いやりに溢れた習慣が残っています。如何でしょう、本当の涙や感動は、現実に生きる我々の足下にこそ あるのではないでしょうか。合掌

令和2年 1月

「年を取る」生き方、「年を重ねる」生き方

日本人の平均寿命は女性が87歳、男性が81歳、日経新聞によると最高記録を更新中だそうです。寿命とはこの娑婆でのゴールのようなもの。しかし寿命もそうですが、未来というのは飽く迄も想像の世界です。しかし我々はその想像のゴールを設定して生きていますそして只管(ひたすら)ゴールに向かって走ります。後何メーター?10メーター?5メーター?と決められた距離を消化していく「引き算」をして生きています。年を「取る」生き方です。しかし私達に明日を生きる保証はありません。何時何処で死んでもおかしくありません。大袈裟かもしれませんが、毎朝が人生のお正月であり、毎夕が人生の大晦日です。私達は「初日の出」は拝みますが、大晦日に沈む夕日に手を合わせる様な習慣はありません。仏様の世界、涅槃寂静の世界は西の彼方、西方極楽浄土にございます。力強く昇る朝日より心静かに沈んでいく夕日に思いを寄せます。夕景を心に想い一日を振り返り閉じていく、一日を閉じるからこそ、新しい一日を迎える事が出来るのです。私達は昨日の続きを生きているのではありません。明日をも知れぬこの私が、新しい一日を頂いて生きているのです。寿命はあくまで結果です。一日一日の「足し算」日々是好日の積み重ねを、年を「重ねる」生き方と言うのです。「下手は結構、しかし“雑”はいけませんよ!」師の言葉を思い出す お正月です。 合掌

 

令和元年 12月

「人は自分の手柄に縛られ 自分を苦しめる」

誰しもが自分を貶(けな)されるより称賛(しょうさん)を受けたいと思うものです。そしてそういう心があるからこそ、あらゆる面で努力もし向上していくのでしょう。所謂(いわゆる)「モチベーション(人が行動を起こす際の動機付けや目的意識)」と言われるものです。しかしその心もいつ迄も思い通りに進まないと「自分の努力・苦労・辛抱・手柄が解ってもらえない」又、環境も馴れ合いになると「誰のお陰でこうなったと思ってるんだ」という厄介な心が顔を覗きだしてきます。時には「私さえ辛抱すれば」「私が辛抱しているからこそ」と”辛抱”を自分の手柄に、遂には信仰心や念仏を称える事迄をも手柄にし、名利(みょうり)心をかき立てます。「名利」とは名聞・利養を略した語で、名声を求める心と利を得て我が身を肥やそうという貪(むさぼ)りの心という意味です。當麻の源信(げんしん)僧都(そうず)が「出離(しゅつり)の最後の怨(おん)は、名利より大なる者は莫(な)き事」と著書の「往生(おうじょう)要集(ようしゅう)」に書かれています。名誉や財産を求め、貪る心を超える事は求道の最後の難関であるとされてきました。仏教は物事の全ては「縁」によって生じ、成り立っていると教えられます。我が身の存在も含め 何一つ我が手柄に出来る物など何も無く、我が身を含め、全ては大きな”働き”の中に在るのだと教えられています。手柄を求める事が悪い事という訳ではありません。ただ私達を苦しめている正体は社会や他人でなく、自身の内にあるという事なのです。合掌    (いのちのことばⅡより)

bottom of page